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即断即決の仕事のデメリット
即断即決の仕事がもてはやされていますが、実際には、即断即決のデメリットも多くあります。何でもすぐに即断即決してしまうと、後で、失敗だと思って撤退しようと思ったときに、取り返しのつかないことになっている可能性があるためです。そのため、状況によっては、優柔不断で、熟考した方がメリットの多い場面も多くあります。
即断即決でデメリットが生じやすいのは、次の3つのパターンです。
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「投資額が大きい」場合は、一気に即断即決で決めてしまうと、後で引っ込みがつかない状況になったとき、再起不能な状態に陥ります。例えば、あなたが会社の近くに引っ越すとき、賃貸物件に引っ越して合計50万円程度で済む場合は、即断即決でもいいかもしれませんが、戸建てを購入して合計3000万円かかるとしたら、即断即決は危険でしょう。なぜなら、戸建てを購入して失敗したときの被害が、大きすぎるからです。
「不確実性が高い」場合は、一気に即断即決で決めてしまうと、成功するかしないか不確実なため、損をする可能性が高くなります。例えば、あなたが結婚したい女性がいたとしても、付き合って5年ならば給料3ヶ月分の婚約指輪を買ってもいいかもしれませんが、付き合って1ヶ月なのに給料3ヶ月分の婚約指輪は買わないでしょう。なぜなら、付き合って1ヶ月の女性にプロポーズしても、OKしてもらえるかどうかは分からないため、不確実性が高すぎるからです。
「選択権を手放すことの損失が大きい」場合は、一気に即断即決で諦めてしまうと、後で手に入れたいと思っても手遅れになってしまうため、利益を得るチャンスを逸してしまいます。例えば、あなたが以前からやりたかった仕事の求人を友人から紹介されたとき、すぐに転職を断ってしまったらチャンスを失いますが、保留していれば転職のチャンスは残ります。保留し続ける限りチャンスは残るため、選択権というのは、非常に大きな価値を持っています。しかし、選択権を手放した瞬間、すべてが無価値になってしまいます。
このように、「即断即決」していいかどうか判断する場合、常にリスクをベースにして考えるようにします。そして、リスクが高いと判断した場合は、優柔不断でもよいので、しっかり熟考することが大切です。
即断即決でデメリットがあるときの対応
即断即決でデメリットがあるときに利用できる方法論が、「リアルオプション」という経営学の理論です。「リアルオプション」とは、決断の選択権である「オプション」の権利をとりあえず入手して確保しておくために、「オプションプレミアム」という保険料を払い、判断を先送りにする手法です。日本人流に言い直すと、「手付金を払っておいき、判断を先延ばしにできる」と考えることもできます。
手付金を払っておいて判断を先延ばしにできる状況であれば、成功の確率が低いと思ったら、いつでも撤退することができます。このように、いつでも撤退できる退路を確保しておくことで、失敗したときのリスクを最小限にできるのが「リアルオプション」の考え方です。実際に「リアルオプション」を事業投資で使う場合は、手付き金を払った後の投資も、段階投資を行うようにします。そして、失敗しそうだと判断して撤退したとしても、その時点での投資額以上の損害が出ないようにします。
「リアルオプション」は、経営学の理論なので、正しく使うためには、次のような条件を、きっちりと把握しておかなければいけません。
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そして、決断するときは、手付金による損失も含めた上で、利益の期待値を計算し、期待値がプラスになるならば、「投資を続ける価値がある」と判断します。リアルオプション理論は、利益が出るか出ないか不確実な状況下での投資判断で有効性を発揮するため、特に、事業で大規模投資をする経営者にとって、画期的な理論であると言えます。そのため、ソフトバンクグループ総帥の孫正義さんは、一時期、リアルオプションを徹底的に研究し、さら時には、リアルオプションの専門家である大学教授にレクチャーを受けに行ったこともあるほどでした。
実際、大規模投資のいうのは、リスクが高いものです。大規模投資で失敗してしまった典型例といえば、やはり、2016年に台湾の鴻海(ホンハイ)に買収されてしまったシャープでしょう。シャープが大きな損失を出した最も大きな原因が、投資の失敗です。シャープは、2004年と2006年に、三重県亀山市に液晶パネルの巨大工場を計4000億円で建設し、「亀山モデル」としてブランド化したアクオスを大量に売ることで、国内市場でトップとなりました。そしてその後、2007年には大阪府堺市に4,300億円を投じて、60インチサイズの大型液晶パネルの生産をメインにする工場を建設し、2010年に堺工場が完成しました。しかし、この堺工場の建設が、シャープの命運を分けます。堺工場を建設している間に、液晶テレビの需要は大きく代わり、大型液晶テレビから、中型液晶テレビや小型の携帯液晶へと需要が変化しました。その結果、大型液晶テレビは全く売れず、赤字を増やし続けていき、最終的に、シャープが破綻した2016年には2559億円の債務超過となり、2012年から2017年の5年間で出した純損失は1兆3880億円にものぼりました。しかし、もし、シャープの堺工場建設の投資の価値を、数ヶ月ごとに見直していれば、途中で堺工場の建設から撤退することもできたかもしれません。
なお、日常生活や普段の仕事でリアルオプションを利用する場合は、そこまで厳密に考える必要はありません。通常の仕事や日常場面では、次のように、リスクと天秤にかけながら、即断即決せず、優柔不断に熟考するようにします。例えば、恋愛でわかりやすくリアルオプション的な思考を用いると、次のように利用することができます。
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このように、「リアルオプション」という理論を知っていれば、即断即決せずに決断を先送りにすることが、ときに有用であることが分かります。
即断即決の仕事と、優柔不断で熟考の仕事
偉大な経営者は、即断即決の人が多いと考えられがちですが、実際は、異なります。ソフトバンクの孫正義さんは、大きな投資や買収をしているため「即断即決の人」や「天才的なカンの持ち主」と勘違いされやすいですが、実際は、選択肢を減らさないように、決めないときは全く決めず、あえて決断を先延ばしにする人です。特に、買収などの案件は、様々な条件が複雑に絡み合うため、早い段階に選択してしまうと、そのほかの可能性を捨てることになります。そのため、孫正義さんは、できるかぎり多くの選択肢を最後の最後まで持ち続けるようにしていました。即断即決せず、限界まで決めないことで、ベストな決断をすることができるわけです。
また、自分の周囲を見回してみても、一見すると即断即決のように見えますが、実際には、きちんと時間をかけて決断している人というのも、よく見ます。例えば、Yahoo知恵袋で、年配の女性が次のような質問をしていました。
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これは、傍から見ると即断即決で退職したように見えますし、年配の女性には突然ことで理解できなかったようです。しかし、おそらく退職した男性は、以前から退職のための準備をしたり、資格を取っていたものと予想されます。しかし、そのような目に見えない準備や努力は人の目には映らず、「退職」という大きな行動だけが目につくため、「即断即決」のように受け取られてしまうわけです。
即断即決を推奨しているビジネス書を書いている人は、ほとんどの人がコンサルティングを生業にしている人であり、実際に経営で大きな成功を収めた人は、即断即決を推奨するような本は書いていません。コンサルタントは、即断即決をウリにする方がウケがいいため、必死に推奨しているだけです。実際、2010年に「バカでも年収1000万円」という本で「超速行動」を推奨して大ブレイクし、一時期、時の人として話題になっていた伊藤喜之さんも、2019年現在では、いまいちパッとしない状況です。伊藤喜之さんは、現在は海外でデザイナーをしているようですが、自身のホームページの更新も2014年で止まっており、数ヶ月に1回インスタグラムを更新している程度の状況です。
一方、年商8兆円を超えるソフトバンクグループの取締役である孫正義さんは、決断することについて、次のように考えています。
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仕事の上では、確かに即断即決が求められる場合も多いですが、本当に重要な仕事であるほど、即断即決は危険です。本当にビジネスで成功している方は、即断即決と優柔不断での熟考を、上手に使い分けているので、騙されないようにしましょう。